2016年度

  東京経済大学

   ビジネス法入門b・企業法基礎b                          内容的にいえば私法学入門

                   参考書 森泉章編『法学入門 第4版』(有斐閣)

                                           以下において、「Text P.**」で参照箇所を示す

 内容ー私法の諸原理,私法上の権利・義務概念についてふれたのち,権利・義務の主体(自然人・法人とりわけ会社),権利の客体としての物,権利の変動をもたらす私法上の取引(法律行為),各種の契約,商取引、企業・経営者の責任などにつき概観する。

 

第 13回 1序説

        法体系における民・商法の位置

        私法の役割再論(裁判規範・行為規範としての機能)

        商品交換社会と私法

        私法の基本原理とその修正

 

 1序説

(1)社会における契約取引の役割   Text P.160-「社会における契約取引の役割」》

 私たちの生活は、食料・衣料・住宅をはじめとする種々の財貨や労働力のような役務(サ−ビス)なしではなりたたない。社会的分業のなかで、原則として貨幣をなかだちとして、こうした財貨や役務(サ−ビス)を互いに交換しあって生活している。労働力の商品化を基礎とし、財貨の生産・分配・消費が全体として(近代以前の社会のように身分によって構成される関係ではなく)商品交換によって媒介される資本制生産社会に生きているのである。

 これを、自らの意思で生産・流通・消費といった経済活動をしている主体(経済主体)間の関係(経済循環)として見ると、消費を主とする家計は、代金を支払って、消費財の生産を主とする企業から種々の財貨や役務を得る。他方で、雇用関係に入り、労働力を提供して、賃金を得たり、土地を貸して地代を得たりする。企業間にあっても、消費財を生産する企業は、生産財を生産する企業に対して、代金を支払って、原材料・製作機械・エネルギーなどの生産財を購入する。市中銀行は、家計・企業から利息を支払うことを約束して預金を集め、融資を必要とする家計・企業に対して利息をとって貸出をする(経済主体としての政府〔財政〕と家計、政府〔財政〕と企業の間にもいろいろな財貨・役務のやりとりがある)といったようにである。

 このことは、また私たちの日常的な生活を見ることによっても理解できる。スーパーなどから買った材料を調理して食事をする。担保を提供して銀行などから借りたお金で建てた家、あるいは他人から借りた家に住む。デパートなどで求めた衣服を着て、ここからバスや電車を利用して、職場や学校に通う。ローンやクレジットを利用して自動車や電気製品などを購入する。お金に余裕があれば預金をし、将来に備えて保険に入る。たまには家族でスポーツや旅行を楽しむ。

 このように、社会の成員間での財貨・役務のやりとりすなわち「商品交換」なくして私たちの生活はなりたたないのであるが、こうしたやりとりは,財貨および役務を意のままに利用し処分しうる自由で独立した「法的主体」、個々の成員による財貨の排他的支配、すなわち「私的所有」を前提とした当事者間の自由な「契約」という法的形態をとおして行われるのである。

(2)民法による私的取引関係の規律 Text P.161-「民法による私的取引関係の規律」》

 1)裁判規範としての民法の役割

 民法という規範(ルール)は,私法の一般法として、こうした私的生活関係(財産関係・家族関係)、ここではとりわけ私的取引関係を規律する。

 民法が私的生活関係を規律するというのは、まずなによりも、裁判所が私的生活関係のなかで私人間に生ずる紛争を解決する場合に、民法を物差しとして用いなければならず、また現に用いているということを意味している(裁判規範としての民法の役割)。たとえば、土地の売買において約束の期限がきたのに売主が買主に引き渡そうとしない、建築業者に建ててもらった建物に欠陥があるなどが原因となり、当事者間に紛争が生じた場合には、この紛争は当事者の間の話し合いで決着がつけばそれでよいが、決着がつかないときには、実力行使による解決は認められず(自力救済の禁止)、裁判所に解決を求めなければならないのであるが、裁判は,民法規範(ルール)を準則として、解決にあたるのである。民法は、当事者間の利益関係をどう扱うかの準則として、一般的には、「これこれの要件が充たされれば、これこれの法律効果すなわち一定の権利変動が生ずる」という構造をもっている。たとえば、ある土地につき当事者開にいくらいくらで売りたい、買いたいとの合意があれば、売買契約が成立したものとして、買主は土地所有権を移転しかつ買主がこの権利を完全に行使しうるため必要な一切の行為をなすべきことを求める権利を、売主は約定の代金の支払を求める権利を取得することになる、といったようにである(555条)。

  裁判所は,契約が有効に成立しているにもかかわらず売主が土地所有権の移転をしようとしないと認められる場合には、判決によって、被告である売主に対して、土地の引渡などを命ずるのである。すなわち、民法をはじめとする私法は、私的生活関係を、「権利・義務」というカテゴリーを中枢的な装置として用いてとらえ、利益の配分・調整をはたしているのである。

 2)行為規範としての民法の役割

 また、一般私人も、紛争の話し合いによる解決(示談・和解)にあたって、必ずしも民法の定める規範(ルール)によらなければならないというわけではなしが、話がなかなかまとまらないという事情のもとで、一つの合理的なよりどころとして民法規範(ルール)を用いるということがありうる。裁判所にいったらどうなるか、を互いに考慮に入れつつ、争いを合意によって解決するのである。

 さらに、私たちは、社会生活をしていくうえで、理想的には、紛争に巻き込まれない方がよく、またことがらの意味を正しく理解し、どういうことになるかを正しく予測しながら合理的に生活したいものである。そのためには、たとえば土地・建物を購入するにあたり、契約書にもりこまれた個々の契約条項の意義、不動産登記の意義、取引の間に入る業者の役割などについて正確な法的知識をもち、取引上争いの生じやすいことがらに充分注意を払い、取引結果がとうなるかをも予測しながらこれを行うことが大いに望まれよう。こうしたことから、民法規範(ルール)は、一般私人の行動の基準ともなるのである(行為規範としての民法の役割)。

 3)強行規定と任意規定   Text P.24, 162-「強行規定と任意規定」》

 ところで、民法が私たちの生活を規律するといったが、この規律のしかたには2通りある。

 一つは、強行規定による規律である。強行規定は、当事者の意思によってその適用を排除することができない規定であって、もし当事者がこれに反する法律たとえば契約を結んだ場合には(全部または一部)無効とされる。民法の規定のうち、総則(民法第1編)の規定では、私的自治の前提をなす法人格・行為能力・意思表示等に関する規定は強行規定である。物に対する権利、つまり物権に関する物権法(民法第2編)の規定の多くは強行規定としての性格をもつといわれる。物権は、当事者以外の第三者にも利害がかかわる権利だからである。本章ではとりあげないが、親族・相続に関する家族法(民法第4編・第5編)の規定もその多くが強行規定と解される。家族法は、社会秩序の基本にかかわる領域だからてある。

 他の一つは、任意規定による規律である。任意規定については,当事者の意思によってその適用を排除することができる。民法の規定のうち、債権、つまりある人(債務者)に金銭を払ってもらえる、治療をしてもらえる、家を建ててもらえるなど特定のこと(給付)をしてもらえる権利にかかわる債権法(民法第3編)の規定は、その大部分が任意規定であると解される。当事者の間だけに関することにつき、原則として当事者の自由な意思に委ねようという考えだからである(「私的自治の原則」、「契約自由の原則」)。たとえば,お金を借りた人が,どこで返済するかは当事者が自由に決めることができる。しかしこの点につき当事者間に約束が存在しない場合には,民法の規定によって,債権者つまり貸主の住所に出向いて返すべきものとされるのである(484条)。このように,任意規定は,当事者の意思が存在しない場合や当事者の意思がはっきりしない場合に適用されるという意味で,私的自治を補完するという機能を果たす。

 もっとも、債権を生じさせる契約に関する規定の中でも、民事特別法、たとえば借地借家法・割賦販売法など経済的弱者を保護しようとする法には、強行規定の性格を与えられた規定が存在する。たとえば,他人の土地の上に建物を建てるための賃貸借(普通借地権)については、30年に満たない存続期間を定めても無効であり、30年の存続期間をもったものと取り扱われることとなる(借地借家法3条・9条)。

 ある規定が強行規定であるか任意規定であるかは、その規定自体が明示している場合(民法484条や借地借家法9条の場合がそれである)は問題ないが、そうでない場合にはそれぞれの規定の趣旨から判断するよりほかはない。

 

 

 


第 4回   2私法上の権利

        権利の意義・種類

        権利の社会性

第 5回   3権利の主体

        権利能力概念

        自然人

        法人1(公益法人・中間法人・NPO

        法人2(商事会社―企業の組織・企業の資金)

 

 2 私法上の権利・義務 Text P.163-「私法上の権利・義務」》

 民法は、すでにみたように、生活上の種々の利益を権利(そしてその裏返しとしての義務)ととらえ、生活関係・取引関係を、生活・取引主体間の権利(そしてその裏返しとしての義務)関係(すなわち法律関係)として把握する。

 私法上の権利は、いろいろに分類されるが、まず、その内容により、財産権・身分権・人格権・社員権に分けられる。財産権とは、財産的価値のある利益であり、物に対して排他的に使用収益などができるという物権・ある人にあることをしてもらえるという債権・発明物著作物など知能の産み出したものについての無体財産権などである。身分権は、身分的地位に伴う生活上の利益であって、夫もしくは妻が配偶者および第三者に対して婚姻関係の尊重を求める権利(たとえば貞操要求権)、子に対する親権などがある。人格権とは、人の人格的利益を目的とする権利であり、生命・身体・名誉・氏名・肖像についての権利がその例である。社員権とは、表決をなし施設を利用できるなど団体の構成員が構成員としての資格にもとづいて団体に対してもつ包括的な利益であり、公益社団法人の社員たる権利・株主権が主なものである。

 また、その作用により、支配権・請求権・形成権・抗弁権などに分けられる。支配権とは、物権など、ある客体に対して直接支配するという作用をもつものである。請求権とは、物権にもとづく妨害排除請求権や債権など、ある人に対して何かをすることを請求するという作用をもつものである。形成権とは、一方的な意思により(相手の意思にかかわらず)法律関係の変動をもたらすという作用をもつ権利であり、取消権や契約解除権がその例である。抗弁権とは,同時履行の抗弁権など、他人の権利行使を一時的もしくは永続的に拒むという作用をもつ権利である。

 民法は、これらの種々の権利概念によって、生活関係を規律しているのである。なお、民法は、広い適用範囲をもつルールとして、権利の行使・義務の履行について,相手方が当然もつだろう信頼を裏切ってはならず(信義誠実の原則〔信義則〕)、権利の行使について,これを濫用してはならない(権利濫用の禁止)と定めている(12項・3項)。

 ☆字奈月温泉事件ー大審院昭和1010月5日判決(民集141965頁)

 

 

 

 

 

 3権利・義務の主体   Text P.164-「権利・義務の主体」、Text P.197-「企業形態」、Text P.201-「会社の目的」、Text P.204-「株式」、Text P.208-「会社の機関と管理機構」》

 また、民法は、前述のことにかかわり、生活関係ここではとくに契約取引の個々の主体を、権利・義務の担い手として把握しようとする。このような権利・義務の担い手たる地位・資格を「権利能力」という。民法は、自然人と法人とに権利能力を認めている。

(a)自然人 自然人とは、私たちのような肉体をもつ人であり、生まれることによって権利能力を取得し(民法3条)、死亡することによってこれを失うものとされている。したがって、胎児には権利能力が認められていないのであるが、不法行為にもとづく損害賠償請求権、相続権などについては、例外的に、胎児もすでに生まれたものとみなされている(民法721条・886条・965条など)。そこで、たとえば、子は、いまだ胎児であった時点にその父が死亡した場合にも、すでに生まれていた子と同様の相続権をもつ。

(b)法人 これに対し、法人とは、自然人以外のもので法人格を与えられたものであり、これには人の団体である社団法人と財産の集合である財団法人とがある。社団法人には、さらに営利を目的とする営利法人(会社)とそうでない非営利法人(公益法人と中間法人)とがある。法人は、設立によって権利能力を取得し、解散・清算によって権利能力を失う。法人は、親権、扶養請求権など自然人にしか考えられない権利・義務の担い手にはなりえないほか、法令の制限、目的の範囲によって、権利能力を制限されている(民法34条)。たとえば、協同組合は、組合員のために保証をすることを目的の範囲内の業務としているが、組合員以外の者のために保証をしても有効であるとは扱われない。

 なお、法人には、それ自体には頭脳、意思を表示する器官などは存在しないから、理事・代表取締役などの代表機関がおかれており、代表機関がなした行為が法人の行為として扱われる。たとえば、協同組合の理事長が代表機関として結んだ契約によって、協同組合が契約上の権利・義務を取得するのである。

 

 

69回 4権利の客体としての物

      5法律行為総論

        法律要件としての法律行為

        法律行為の不可欠の要素としての意思表示

        法律行為とくに契約の有効要件

        代理

 4 権利の客体としての物

(1)不動産・動産

  物とは有体物をいう

  不動産とは土地およびその定着物をいう

   土地

   建物

   樹木はどう考えるか

(2)主物・従物、元物・果実

 

 5 法律行為総論 

(1)法律要件としての法律行為・契約  Text P.165-「種々の契約」》

 ところで、契約というのは、二当事者の間における、相対立する二つの意思表示の合致すなわち合意を不可欠の要素として成立する、法律行為である。たとえば、Aが自分の所有する甲土地をBに3000万円で売ろうといい、Bが買おうということによって成立するのが売買契約であり(例1)、BがCからお金を借りることにかかわり、担保として甲土地につき抵当権を設定することをCが求め、Bがこれに応ずることによって成立するのが抵当権設定契約である(例2)。ここで、法律行為というのは、意思表示を要素とする法律要件であって、当事者の意思に即した権利の取得、変更、消滅(得喪変更)を効果としてもたらすものである。法律行為としては、契約のほかに、債務の免除や契約の取消のように一当事者の一つの意思表示を要素とする単独行為、法人設立行為のように同一方向を向いた複数の意思表示からなる合同行為もある。

 なお、権利の変動を効果としてもたらす法律要件をもう少し広くみておくと、法律行為のほかに、同じく人の行為によるのであるが不法なものと評価される債務不履行・不法行為、人の行為にはかかわらない事件である人の死亡(相続による権利変動をもたらす)、時の経過(時効など)などがある。

 契約には、例1のように、債権(債務関係)の変動を生ずる債権契約と、例2のように、直接物権の変動を生ずる物権契約がある(さらに、婚姻など身分関係の変動を生じさせる身分契約もある)。一般に、商品交換にかかわる契約は、債権(債務)関係を生み出す債権契約であって、債権契約が履行されることによって、現実の財貨・役務の交換がなされるのである。

 債権契約については、典型契約・非典型契約、双務契約・片務契約、有償契約・無償契約、要物契約・諾成契約、継続的契約・一回(給付)的契約などの区別がなされている。ここでは第1の典型契約・非典型契約の区別のみをみておくことにする。

 典型契約は、民法に規定されている贈与以下和解までの13種の契約をいう。典型契約のうち、私たちの社会でとくに重要だとみられるものは、(原材料、生産物、不動産についての)売買契約(民法555条)、(他人の貨幣の利用にかかわる金銭)消費貸借契約(同587条)、(他人の土地・建物の利用にかかわる不動産)賃貸借契約(同601条)、(他人の労働力の利用にかかわる)雇傭ないし労働契約(同623条)である。

 しかし、契約内容の決定については、原則として、当事者の自由に委ねられているから(契約自由の原則)、これら以外の内容をもつ契約、つまり非典型契約も有効なものとして存在することができ、現に典型契約に劣らず大きな社会的な機能を果たしている。医療契約、リース契約、クレジット契約、フランチャイズ契約、出版契約、旅館・ホテル宿泊契約、業務提携契約、情報提供契約、放送広告契約などがこれである。

(2)契約の成立そして契約書・手付 Text P.167-「契約の成立そして契約書・手付け」》

 契約は、当事者双方の意思表示の合致、すなわち「合意があれば成立する」というのが原則である。一方当事者の意思表示(申込)と他方当事者の意思表示(承諾)があることによって成立するのである。こうした契約を「諾成契約」とよぶ。しかし,例外的に,契約が成立するためには,当事者間の合意だけでは足りず,目的物の授受があわせ必要とされるものがある。このような契約を「要物契約」とよぶ。民法は,消費貸借,使用貸借,寄託について要物契約と定めている(民法587条・593条・657条)。

 なお、当事者の間で、契約が成立するのは契約書に当事者双方が署名・捺印したときであると合意している場合がある。本来、契約の成立には、原則として、なんらの方式も必要とされているわけではないが(方式の自由)、契約が結ばれたことを明確にするために、契約をめぐり争いが生じたとぎには証拠手段として用いられることを期して、さらには契約上の事務処理の便宜のために契約書が作成されることが少なくない。場合により、もし債務者が任意に履行しないときには直ちに強制執行に服する旨の「執行認諾文言」の入った公正証書によることもある(民事執行法22条5号)。権利の強制的実現を容易にするためである。

 ところで、売買、賃貸借などにおいて、買主・借主が相手方に手付をうつことがある。手付には、契約が成立したことの証拠として交付される証約手付、一方が履行をしない場合の違約金などとして交付される違約手付、約定解除権を留保するために交付される解約手付があるとされる。このうちのいずれであるかは、当事者の意思によって判断せざるをえないが、民法は、解約手付と推定している(民法557条)。たとえば、売買において、解約手付がうたれている場合には、相手方が履行に着手するまでは、買主は手付を放棄し(手付流し)、売主はその倍額を償還して(手付倍戻し)、当該売買契約を解除する、つまり契約がなかったことにすることができるのである。

  ☆マンション販売契約不成立事件ー最高裁昭和59年9月18日判決(判時113    7号**頁)

 

 

(3)代理という制度  Text P.168-「代理という制度」》

 契約は、契約を締結しようと欲する本人自身が意思表示をして結ぶことが普通であるが、他の人がこれをする場合がある。たとえば、本人が、親権者のもとにある幼児や知的能力が乏しくて成年後見人をつけられている者(成年被後見人)などのように、充分な知的判断能力をもたない場合(法定代理)、一般的な意味では充分に知的判断能力があるがその当の取引については経験が浅く情報も足りない、あるいは一人ではたくさんの取引をこなせない場合(任意代理)などにおいてである。こうした場合においては、法律の定めあるいは契約によって代理権をもつ者(法定代理人・任意代理人)が、本人のためにすることを示して(顕名して)法律行為をすると(代理行為)その法的効果は直接本人に帰属するものと扱われる(民法99条)。たとえば,代理人Bが本人Aに代わって相手方Cとの間でA所有の甲土地につき売買契約を締結すると、AがCに対して甲土地の所有権を移転すべき義務を負うこととなる。これが代理の制度である。

 なお、本当は代理権をもたないBが、たとえば偽造した委任状を用いてAに頼まれたとしてAの所有する甲土地をCに売ってしまうというようなことが起こる。これを「無権代理」というが、このような場合には,表見代理が成立する場合(つまり、「本人」Aが代理権を与えていないのに与えた旨相手方Cに表示し、代理人Bが与えられている代理権を超えて行為をし、あるいはかつて代理権を有した者が行為をした場合で、Cが当該行為をするについてBに代理権があると信じたことについて過失がないときー民法109条・110条・112条)を別として,Aが追認しないかぎりその効果がAに帰属することはない(同113条)。このような場合には、Cとしては無権代理人Bに責任を追及するしかないのである(民法117条)

 

(4)契約の効力

 1)契約の有効要件ー無効な契約・取り消しできる契約ー  Text P.168-「契約の有効要件」》

 契約は当事者の合意したところに即した効力を生ずるのであるが、そのためには契約が有効でなければならない。

 契約が有効であるためには、まず、その内容が、確定しうるものであり、契約締結の時点で実現可能なものでなければならない。したがって、たとえば、ある家屋がすでに焼失してしまっているのにこれに気づかず売買契約が結ばれたとしても(原始的不能な契約)、売買は無効である。また、契約内容は、強行法規に反したり(民法91条)、公序良俗に反するものであってはならない(同90条)。たとえば、利息制限法の定める制限利率をこえた利息の約束をしても、超過分については無効なものとされ(1条),その分につき約束どおり履行するよう裁判で求めても、裁判所はこれを認めることはない。愛人に対して妾関係を維持するためになされる贈与、原野商法など消費者の無思慮につけこみ暴利をむさぼる契約など社会的妥当性を欠く契約も無効である。

 また、契約を成り立たせる意思表示に欠陥・瑕疵などがある場合にも、契約は所定の効力をもたないことがありうる。たとえば、老人性痴呆症にかかった者など行為の結果を認識できる程度の知的判断能力を欠いた者(意思無能力者)がなした契約は無効である。未成年者が法定代理人の同意なくして結んだ契約、被保佐人が保佐人の同意なくして結んだ重要な財産の売買・金銭貸借などの契約、成年被後見人が結んだ契約は、行為能力を欠く者(制限行為能力者)がなした契約として、いずれも取り消すことができる(民法5条・13条・9条)。当事者が、互いに売り買いする意思がないのに売買契約を締結するなど、通謀して虚偽の意思表示をした場合(同94条。ただし2項に注意したい)、書き間違い、取引の相手や目的物について思い違いがあるなど意思表示に錯誤があり、しかもこれが重要なものであった場合には(同95条),契約は無効となる。騙されたり、脅されたりして結ばれた契約は,取り消すことができるものとされている(同96条)。

 なお、取り消すことができるというのは、無効の場合とは異なり、当事者が相手に対して取消の意思表示をすると、契約は成立した時に遡って無効とされ、法定代理人・詐欺もしくは強迫された者などによって追認がなされれば有効と扱われることを意味する(同120条〜126条)。たとえば,Bに騙されて甲土地を売ることとしたがこれに気づいたAは,甲土地を引き渡せとのBの請求に対して、契約を取り消すと述べてこれを拒むことができるが、取り消さないであるいは積極的に追認してBの代金支払と引き換えにこれに応ずることもありうるのである。

 2)契約の効力  Text P.170-「契約の効力」》

 とりわけ債権契約についてこれを見ると、債権契約によって当事者間で合意されたとおりの債権・債務(関係)が発生することとなる。たとえば,建物建築についての請負人は、約束の材料を用い、欠陥のない建物を建築し、期日までに注文者に引き渡すべき義務を負い、注文者はこれに対し報酬を支払うべき義務を負う(民法632条)。リース業者・ユーザー間のリース契約においては、リース業者はディーラーからユーザーの指定する目的物件を購入する義務を負い、ユーザーは物件を善良なる管理者の注意をもって使用・収益し、約束のリース料を支払い、契約終了時には物件を返還すべき義務を負うことになるというようにである。

 なお、当事者間にいかなる債権・債務(関係)が生じたかを確定することを契約の解釈というが、解釈にあたっては、なによりもまず当事者の意思がどのようなものであったかによるべきであるが、その際、取引慣習、任意規定である民法債権総論および契約各論の諸規定(第3編第1章・第2章)、信義誠実の原則(信義則)(民法1条2項)があわせ基準とされる。

 3)債権・債務

 ある人(債権者)が特定のある人(債務者)に特定のこと(給付)をしてもらえる権利を債権という。

 債務は、種々の観点から分類がされている。

  作為債務・不作為債務

  結果債務・手段債務

  与える債務・為す債務

  特定債務・不特定債務

 

 

1012回6各種の取引(1)

        売買・金銭貸借・賃貸借・雇用(労働)・請負・委任

      7各種の取引(2)

        総論(約款による取引)

        各論(リース・クレジット、フランチャイズ、保険、

           金融、主催旅行など)

 

 6各種の取引(1)

(1)売買と所有権の移転  Text P.171-「売買と所有権の移転」》

 つぎに典型契約の中でも、私たちの社会でとくに重要なものと先に指摘した四つの契約のうち、売買・消費貸借・賃貸借について簡単にみておくことにしよう。

 1)売買契約の機能  Text P.171-「売買契約の機能」》

 まず、第一にとりあげるのは、売買契約である。売買は、当事者の一方(売主)がある財産権を相手方(買主)に移転することを約束し、相手方がその代金の支払を約束する契約である(民法555条)。商品交換を基礎とする資本制社会において、財貨の生産・分配を媒介するものとして、私法上の契約のうちでも最も頻繁に行われ、最も重要な機能を果たしている契約である。売買の客体は、主に有体物の所有権であるが、債権や無体財産権ということもある。将来生ずる財産権や今は他人に属する財産権の売買も有効になされうる。

 以下では,有体物の所有権の売買の場合について簡単にみておくこととする。

 2)売買契約の効力  Text P.171-「売買契約の効力」》

 売買契約は、原則として、両当事者の間で所有権の移転と代金支払について合意があれば成立する。これによって、売主には、その目的である所有権を買主に完全に移転し、買主がこの財産権を完全に行使できるために必要ないっさいの行為をすべき義務が生ずる。たとえば、建物の売主は、具体的には、期日に買主に建物を引き渡すべき義務、第三者に対する対抗要件としての所有権移転登記に協力すべき義務などを負うことになる。目的物が他人に属しておりこれを買主に移転できない場合、数量に不足がある場合、契約成立時にすでに取引上求められる程度の注意をもってしては発見できないようななんらかの欠陥をもつ場合などには、たとえ売主に落度がなくとも、買主に契約の解除、損害賠償が認められることがある。これを「売主の担保責任」という(民法561条〜572条)。

 また、買主は、約定の代金を支払うべき義務を負う。代金の支払時期は、目的物の引渡に期限を定めたときは支払についても同一の期限を定めたものとされる(民法573条―同時履行)。公平のゆえにである。しかし、取引社会で大量に行われている継続的売買にあっては、むしろ一定期間に仕入れた商品につき、約定の期日ごとに代金の支払をするというのが普通である(異時履行)。

 支払の場所についても、特約があればそれによるこというまでもないが、特約がない場合には目的物の引渡の場所において支払うものとされている(同574条)。

 割賦売買の場合には、決められた時に数回に分けて代金の支払がなされることになる。なお、割賦販売法は、代金を2ヵ月以上の期間にわたり、かつ3回以上に分割して払うこととする指定商品の割賦売買につき、クーリング・オフの制度、賦払金の支払遅延による解除の制限などを採用することにより、消費者の保護をはかっている(4条の3・5条)。同じく消費者取引型の売買において、クレジット契約が利用されることもよくみられる。この場合、クレジット会社が購入者に代わって販売店に代金の支払(立替払い)をし、クレジット利用者がクレジット会社に立替金の分割返済をするのである。この契約についても、たとえば売買目的物について欠陥があるといった場合には、クレジット利用者はクレジット会社の支払請求に対してこれを拒むことができるとされるなど(30条の4・30条の5―〜「抗弁の接続」)、消費者の保護がはかられている。

 3)対抗要件  Text P.172-「対抗要件」》

 有体物の所有権の売買において、特約がなければ売買契約が結ばれたときに買主に移転するものとされるが(民法176条)、買主が所有権を取得したことを第三者、つまり売主またはその包括承継人以外の者に対して主張することができるためには、対抗要件を具備しなければならない。

 不動産(土地や建物)については、物権変動の対抗要件は登記である(同177条)。たとえば、AがBから建物を買って代金の一部をすでに払ったが所有権移転の登記がなされてはいないという事情のもとで、Bが事情を知らないCにこれを二重に譲渡したという場合には、Aは登記なくしてCに対し自分が所有者であると主張することはできない。Cのために登記が経由されてしまっている場合には、AとしてはBに対して契約違反の責任を問うよりほかはない。もっとも、Dの重過失による失火により建物が焼失してしまったという場合に、AがDに対して不法行為を理由として損害賠償を求めるといった場合には、BからAへの所有権移転登記がなされているかは問題とならない。

 これと異なり、宝石、絵画、工場機械など動産については、物権変動の対抗要件は引渡である。この引渡は、現実に手渡す場合に限られないことに留意する必要がある(民法182条〜184条)。もっとも、自動車や船舶などについては登録・登記という公示方法が用いられている。

 なお、対抗要件は、所有権移転の場合のみならず、他人の土地を利用する地上権・地役権などの用益物権の設定、土地・建物を目的とする担保権としての質権・抵当権の設定、土地・建物の賃借権などにおいても問題になりうる。

 

(2)金銭貸借と担保

 1)金銭消費貸借の機能  Text P.173-「金銭消費貸借の機能」》

 消費貸借とは、当事者の一方(借主)が、他方(貸主)から、一定の金銭その他の代替物を借り受け、これと同種・同等・同量のものを返還することを約束する契約である(民法587条)。今日最も広く行われているのは、金銭を目的物とする金銭消費貸借であって、企業の資金調達のために、あるいは人々の生計の不足の補いのために、頻繁に用いられている。

 2)金銭消費貸借の成立・効力  Text P.173-「金銭消費貸借の成立・効力」》

 民法は、消費貸借契約を要物契約と定めている。そこで、金銭消費貸借についても、その成立のためには、単なる合意のみでは足りず、借主が目的物である金銭を受け取ることが必要であるとされる。融資の実行(金銭の貸し渡し)があって初めて契約は成立し、その効果は、借主に所定の返還期日に、所定の場所で、金銭を返すべき義務のみが生ずるととらえられている。つまり、当事者の一方(この場合は借主)だけに契約上の債務が生ずる契約(片務契約)であるとされているのである。もっとも、このような扱いは、利息付の金銭消費貸借の場合(有償の金銭消費貸借)には妥当でないとして、貸主・借主間の合意によって貸すべき義務も生ずる諾成的金銭消費貸借契約の有効性を認めようとする学説が有力である。

 なお、金銭消費貸借の場合、前に述べたように、金銭を一定期間借りることへの対価として利息が支払われることになっているものがむしろ一般的である。この利息について、利息制限法は、元本が10万円未満の場合には、年2割、10万円以上100万円未満の場合には年1割8分、100万円以上の場合には、年1割5分を、それぞれこえる利率による利息の約定は、その超過部分について無効とすると定めている(1条1項)。「出資の受入れ,預り金及び金利等の取締りに関する法律」(出資法)は,年利109パーセントほどをこえる利率による高利を刑罰をもって規制している(5条1項)。もっとも貸金業者のなす貸金については,加罰利率は年利40パーセントほどに引き下げられ(出資法5条2項)、所定の要件を充たす場合には利息制限法の定める超過利息の支払も有効なものとみなされている(貸金業の規制等に関する法律43条)。

 

 3)債権担保  Text P.174-「債権担保」》

 金銭債務は、金銭の貸借だけでなく売買、賃貸借などによっても生じうるのであるが、こうした債務が常に任意に確実に履行されるとばかりは限らない。たとえば、債務者が無資力になってしまうことなどもありうるからである。こうした場合のことを予測して、取引社会では、債権者(になろうとする者)が債務者に対して担保を提供するよう求めることがある。担保の方法には,大別して二つがある。

 一つは人的担保である。たとえば、AがBから1000万円借りるにあたって、Cが保証もしくは連帯保証をすることがある。この場合、Bとしては、期日にAから弁済が受けられなくても、Cに資力さえあれば、Cから保証債務の履行として元本と利息の支払を求めることができ,債権の回収ができるのである。

 他の一つは物的担保であって、債務者もしくは第三者の財産が債務の優先的な引当財産とされるというものである。たとえば、先の借金の場合、AがBのために自己の所有する時価2000万円の土地に抵当権を設定しその旨の登記もする。もし、期日に弁済できなかった場合には、Bは、裁判所に申し立て、抵当権の実行をしてもらう。裁判所は、右の土地を強制競売し、売却代金をBのために元本と満期となった最後の2年分の利息につき優先的に配当するのである(民法369条〜398条)。こうして、Bは債権の満足を確実に得ることができるのである。物的担保には、他に、先取特権(民法303条〜341条)、質権(同342条〜367条)、根抵当権(同398条ノ2〜398条ノ22)、仮登記担保権(仮登記担保契約に関する法律)、さらには判例法上展開している譲渡担保なども存在する。

 

(3)賃貸借とりわけ不動産賃貸借

 1)賃貸借の機能  Text P.175-「賃貸借の機能」》

 賃貸借は、当事者の一方(賃貸人)が、相手方(賃借人)に、ある物の使用収益をさせることを約し、相手方がこれに対し借賃を支払うことを約すことによって成立する契約である(民法601条)。賃貸借は、一時的に使用すれば足り購入するまでもない、購入したいが資力がないといった場合に広く用いられている。自動車、建設機械、衣装など各種の動産も賃貸借の目的物でありうるが、社会的に見て重要なのは、建物所有などのための土地貸借と居住もしくは営業用の建物貸借である。このような不動産賃貸借については、借地借家法など賃借人を保護するための立法がなされている。

 2)賃貸借の成立・効力・終了 Text P.175-「賃貸借の成立・効力・終了」》

 賃貸借は、無償で他人の物を利用する使用貸借(民法593条)とは異なり、合意だけで成立するとされている。契約が成立すると、貸主は目的物を使用収益させるべき債務を負担する。すなわち、借主に目的物を引き渡し、使用収益に必要な修繕をなし、第三者が使用収益を妨げるような場合にはこれを排除すべき義務を負う。これに対し、借主は、なにより、約束の賃料、つまり地代・家賃・レンタル料を支払うべき債務を負う。その担保として敷金・保証金が支払われることもよくみられる。目的物の使用収益にあたっては、契約や目的物の性質によって定まる用法に従わなければならず、善良なる管理者の注意をもって保管しなければならない。そこで、たとえば借家人が失火した場合とは、軽過失の場合であっても(失火ノ責任二関スル法律参照)、大家に損害賠償をしなければならなくなる。一般に賃借人が目的物を賃貸人に無断で誰かに賃貸したり、賃借権を譲渡することは禁じられているが、これに反した場合には、賃貸借は賃貸人によって解除されることがありうる(民法612条)。

 期間の定めがある賃貸借は期間の満了により、期間の定めのない賃貸借は当事者による解約申入がなされ一定期間が経過することによって、終了する(民法617条)。賃借人は、目的物を貸主に返還すべき義務を履行しなければならなくなる。

 3)建物賃貸借・建物敷地賃貸借   Text P.176-「建物賃貸借・建物敷地賃貸借」》

 建物の賃貸借については、いくつかの点で借家人の保護がはかられている。主なものをあげると、賃借権は債権であるから目的物が家主から第三者に譲渡されると、借家人はその第三者に対して借家権を対抗できないはずであるが(「売買は賃貸借を破る」といわれる)、借地借家法は、建物の引渡があったときは、その後その建物について所有権を取得した者に対しても利用権を主張しうるものとした(31条)。期間の定めのない借家の場合、家主からの解約申入の日から6ヵ月が経過することによって、期間の定めのある場合は期間満了の1年ないし6ヵ月前までの間に更新拒絶の通知をすることによって契約は終了するが、これらいずれの場合も、当事者が建物を必要とする事情、賃貸借に関する従前の経過、建物の利用状況、立退料支払の申出などを顧慮して正当事由が認められる場合でなければならないという制約がつけられている(26条〜28条)。

 建物敷地の賃貸借(地上権の場合とあわせて「借地」とよばれる)についても、借地人の保護がはかられている。借地権は、その土地の上に登記された建物を所有するときには、賃借権自体に民法605条の登記がなされていなくとも、その土地につき新たに所有権を取得した者に対しても借地権を対抗することができる(借地借家法10条)。普通借地についていえば、民法が賃貸借の存続期間は20年をこえてはならないとしているのと異なり、30年あるいはそれ以上としている(同3条)。たとえば、これを20年と定めても無効である(同9条)。期間が満了しても、更新請求がなされることによって契約は初回の更新においては20年、2回目以降の更新にあっては10年間契約は存続する。使用を継続しているのに地主が遅滞なく異議を述べないときも同様である。地主は正当事由が存在しなければ更新請求を拒絶し,使用継続に対する異議を述べることができない(同5条・6条)。

 もっとも、事業用借地など、更新がない定期借地というものが3タイプ認められている(同22条〜24条)。また、借地条件の変更・増改築につき協議が調わない場合には、借地人は、裁判所に借地条件を変更してもらい、あるいは増改築につき承諾に代わる許可をしてもらうことができる(同17条)といったようにである。なお、平成4年8月1日以前に設定された借地権については、存続期間・対抗力などについて旧借地法,建物保護ニ関スル法律の適用があることに留意すべきである。

 

7各種の取引(2)

(1)総論(約款による取引)

 

 

(2)各論

 1)リース

 

 2)クレジット

 

 3)フランチャイズ

 4)保険

 

 5)各種金融

 

 6)主催旅行など

 

 

 

1314回 8企業取引の決済

       9契約違反の扱い

         債務不履行

         履行強制・損害賠償・契約解除

 

 8企業取引の決済

  弁済

  代物弁済

  相殺

 

 9契約不履行=契約違反  Text P.177-「契約不履行」》

 契約取引をめぐる最後の問題として、債務者によって債務の本旨にかなった履行がなされない場合の債権者の救済方法について簡単にみておくことにしよう。

(1)履行の強制  Text P.177「履行の強制」》

 まず、契約にもとづく債務の履行がなお履行可能な場合(履行遅滞)において、債権者が望むなら、債権内容の強制的な実現をしてもらうことができる。たとえば,債務内容が金銭の支払であれば、確定判決、執行証書など債務名義をもつ債権者は、執行裁判所などによって、債務者の財産を差し押えて競売に付し、その売却代金から弁済を受けることができる(民事執行法43条〜167条)。不動産の引渡であれば、執行官により、債務者の占有を排除し占有を取得させてもらうことになる(民事執行法168条1項)。

(2)損害賠償   Text P.177-「損害賠償」》

 債務不履行、つまり債務の本旨に適った履行がなされなかった(履行遅滞・履行不能・不完全履行といった分類が従来なされている)ことにより債権者に損害が生じた場合には、債務者が不履行につき無過失であること、適法であることをみずから立証できないかぎり、債権者は、債務の不履行と相当因果関係に立つ損害を賠償することを債務者に求めることができる(民法415条・416条)。たとえば、建物の売買において、契約締結後に売主の過失によって建物が全焼してしまい引き渡すことができなくなった場合(履行不能=後発的不能の場合)には、買主は、時価相当額、さらには転売することによりあげえた利益などにつき、損害賠償を求めることができる。タクシーに乗った乗客は、目的地まで安全に運んでもらう債権を有するのであるが、運転者が途中で過って事故を起こし大怪我をした場合には、債務者であるタクシー会社に対して(運転者は履行補助者である)、治療費・後遺症による逸失利益・慰謝料などの賠償を求めることができる(なお、ここでは、不法行為にもとづく損害賠償との関係をどう考えるかという厄介な問題=請求権競合・非競合という問題が生ずる)。

(3)契約解除  Text P.178「契約解除」》

 もう一つ、債権者は、債務者が契約上の債務を履行しない場合には、契約をその締結のときに遡ってなかったこととして、自分の負担した債務を免れ、さらには損害賠償を求めるということができる(民法545条)。これを「契約の解除」という。民法は、履行遅滞の場合には,相当期間をもってする催告をしたうえで、なお履行がなされなかった場合には解除ができるとしており、履行不能の場合には直ちに解除することができるとしている(同541条・543条)。なお,履行の遅滞があれば直ちに解除できる旨の特約も一般に有効と解されている。解除は,相手方に対する意思表示によってこれをするものとされている(同540条1項)。

 なお,継続的契約の場合の契約違反にもとづく解除は,将来に向かってのみ効力をもつと考えられている(そこで,「告知」ということばも用いられる)。たとえば,借家契約において、家賃の支払をしばしば滞り、用法についてもはなはだしい契約違反がある(借家契約の基礎にある信頼関係が破壊されている)といった場合、家主は契約を解除して借家人に出ていってもらうことができるが,それまでの契約関係の効力に影響はないのである。

 


15回  10企業・経営者の責任(民事責任=不法行為責任、刑事責任) 

 

 

10不法行為  Text P.180-「契約解除」》

(1)不法行為の意義と役割  Text P.180-「はじめに」》

 1)不法行為の意義  私たちのまわりには、ある人のわざとした行為や不注意な行為によって他の人の身体や財産に損害が生ずるということがみられる。たとえば、@トラックの運転手Aがスピードを出しすぎていたためにカーブを曲がりきれず歩行者Pをはねて死亡させ、さらにQ所有の家の軒先にとびこんで大破させてしまった、A路上でゴルフクラブの素振りをしていたBが運悪くそこを通りかった通行人Rにクラブを当て負傷させてしまった、Bスナックで酒を飲んでいたCがちょっとしたことで相客Sと口論となり殴って大怪我をさせてしまった、C主婦Dがガスコンロに油の入った鍋をかけたまま台所を離れたため火災となりT所有の隣家に延焼してしまった、というようにである。

 このような場合、加害者AないしDは、法律上、損害を被った被害者PないしTなどに対し損害賠償をなすべき責任(民事責任)を負わされることになる。こうした責任を生じさせる他人の権利もしくは利益に対する侵害行為を「不法行為」という。

 2)不法行為制度の役割−民事責任と刑事責任−  ところで、前記各事例において、加害者は、それぞれ業務上過失傷害罪・致死罪(刑法211条)、過失傷害罪・重過失致死傷罪(同209・211条)、傷害罪(同204条)、失火罪(同116条)などを侵した者として、定められた刑罰を科せられることがありうる。このように不法行為によって加害者に民事責任が生ずる場合には、同時に刑事法上の責任が成立することが少なくない(ほかに、免許の取消・停止といった行政的制裁が問題となることもありうる)。

 そこで、刑事責任の制度と対比することによって、民事責任の制度がはたす機能を見ておくことにしよう。まず、刑事責任の制度は、国家と市民の関係で、その行為者がなした法の保護する利益(保護法益)を侵害する行為の反社会性に着目して、応報もしくは予防の見地から行為者を処罰しようとするものである(制裁的機能・予防的機能)。これに対し、民事責任の制度は、私人相互の間で、主として被害者側に生じた損害の公平妥当な負担・配分、すなわち損害を相当と考えられる範囲で加害者に転嫁することにより被害者の救済をはかるものとして設けられているのである(損害填補による被害者救済機能)。もっとも、最近では、民事責任について制裁的機能・事故抑止的機能を見直す必要があるのはないかという考え方も出てきていることには気をつけたい。また、たとえば日照・通風やパブリシティの利益においてみることができるように、かつては必ずしも権利とみられていなかった利益が、その侵害につきまず不法行為の成立が認められ法的に保護されることによって、いわば権利として認められていくこととなるというように、不法行為制度のはたしている、「権利を創りだす」という機能(権利創造的機能)も無視することはできない。

 なお、以上みたように、不法行為は主として被害者の救済をはかる制度であるが、じつはほかにも同様の機能をはたす制度があるということにも注意しなければならない。すなわち、債務不履行制度(民法415・416条)、各種の責任保険制度(とりわけ被害者にとって直接請求の認められるもの−たとえば自動車損害賠償保障法16条1項参照)、労働者災害補償保険・公害健康被害補償など一部公的資金が導入され行われている保険・基金制度がある。また、民事責任の観念から離れたものとして、犯罪被害者補償制度のごとき社会保障の一種ともみられる被害者救済制度、各種の社会保険・生活保護など一般の社会保障制度、さらには潜在的被害者が基金を拠出しあう各種の生命・傷害保険もしくは共済制度なども、事実上、被害者を救済する機能をはたしているのである。

 3)不法行為法の原理−過失責任の原則とその修正  (a)過失責任の原則  近代市民法は、市民の活動の自由を保障しようとするが、そのためには、契約は自由であることを認める(契約自由の原則)ことの裏面で、どういう行為をすると不法行為責任を負わされることになるかについての予測ないし計算が市民にとって可能であることが必要とされる。この要請をみたすのが過失責任の原則であって、人は普通に要求される注意を払ってさえいれば、たまたま他人に損害を被らせることがあったとしても、損害賠償責任を負わされることはない(「過失なければ責任なし」)ということを内容としている。

 また、このことから、人は自分のおこなった行為についてのみ責任を負い、他人の行為の結果について責任を負わされることはないという自己責任の原則が導かれる。

(b)過失責任の原則の修正  過失責任の原則は、なるほど資本主義経済社会の発展に大いに貢献したのであったが、高度な科学技術にもとづく危険な機械や企業設備をもつ鉱・工業が展開し、危険な高速度交通機関が発達を遂げるに伴い、この原則に対して考え直しが迫られるようになる。なぜなら、これらの、一般に企業のおこなう事業活動においては、過失がなくてもある程度まで必然的に損害が発生するものであり、また損害賠償を求めようとする被害者にとって過失があることを訴訟において立証することは必ずしも容易ではない。しかも、このような被害者と加害者との間には立場の互換性がほとんどなく、被害者のもとに損害が生じている他方で、加害者は危険な事業活動によってふつう利益をあげているということをもあわせ考えると、過失がない、もしくは被害者が加害者に過失があったことを証明できないからといって、被害者に不法行為上の救済の手をさしのべないでおくことは妥当でないとみられるからである(危険責任・報償責任といった考え方の展開)。

 こうして、たとえば自動車による人身事故被害者の救済をはかるために運転者の過失についての立証責任を加害者側に負わせ(自動車損害賠償保障法3条−過失責任と無過失責任の中間にあると性格づけられる責任)、ある種の公害被害者の救済については過失の存在を問わないこととする(鉱業法109条、水質汚濁防止法19条、大気汚染防止法25条、原子力損害の賠償に関する法律3条)など、中間責任さらには無過失責任という考え方をもった不法行為法制度の展開がもたらされたのである。なお、このような法制度の展開にとって、損害賠償責任保険制度や賠償基金制度の展開が不可欠の前提となっている。なぜなら、これらの制度によって単に被害者の救済が確実なものとなるのみならず、加害者となる可能性のある企業などにおいて、たとえば保険会社との間で損害賠償責任保険契約を結びあらかじめ保険料を払っておきさえすれば、不測の事態が生じ損害賠償をしなくてはならなくなったとしても、保険金が支払われることになるので、これまでと同様に資本計算の可能性を維持しながら萎縮することなく事業活動をしていくことができ、しかも原価計算において保険料をコストと計上することによってエンドユーザーにまで損失を拡散できることとなるからである。

 このように、現代の不法行為法制度には、従来の過失責任主義がそのまま妥当する領域と新たに中間責任もしくは無過失責任主義が導入された領域とがあわせ存在するといえるのである。

 

(2)不法行為責任の成立とその救済 

 1)不法行為(一般的不法行為)が成立するための要件 Text P.182-「一般的不法行為の成立要件」》

 民法は、加害者に不法行為責任が生ずる一般的な場合についてどのような定めをしているか、すなわち民法709条が定める一般的不法行為の成立要件が何かをみてみよう。民法709条は、不法行為についての一般規定として、「故意又ハ過失ニ因リテ他人ノ権利ヲ侵害シタル者ハ之ニ因リテ生シタル損害ヲ賠償スル責ニ任ス」と規定している。そこで、不法行為が成立するためには、@加害者に故意または過失があること(故意・過失)、A他人の権利の侵害があること(権利侵害もしくは違法性)、B当該加害行為と因果関係ある損害が発生したこと(損害の発生)が必要であるといわれる(右の@とAを統一的にとらえ、成立要件を構成する学説ー新過失論・新受忍限度論・新違法論ーもあるが、本書では立ち入らない)。

 しかし、民法712条・713条により、加害行為によってなんらかの法的責任が生ずることを理解できるだけの知的判断能力に欠ける加害者は、賠償責任を負わないものとされているので、右の三つに加えて、C加害者に責任を弁識するに足りる能力があること(責任能力)も、不法行為が成立するために必要であるとされている。

 こうした四つの要件がすべて充たされる場合に、加害者に自らのなした加害行為につき不法行為責任が生ずるものとされているのである。

(a)故意・過失  加害者が加害行為をなした場合(これには、ある行為をしたことによって損害が生ずる作為の場合と、なすべきことをなさなかったために損害が生ずる不作為の場合−これをとくに不作為による不法行為とよぶ−とが含まれる)において、不法行為が成立するためには、第1に、加害者が加害行為をなしたことについて故意または過失があることが必要とされる。なお、故意または過失があることについては、原則として、不法行為の成立を主張する被害者の側で立証しなければならない。

 故意とは、他人の権利ないし利益の侵害という結果の発生を意図し、あるいは少なくともこのような結果が発生することを認識もしくは予見しかつこれを容認しながら行為をするという心理状態をいう。たとえば、人に暴行を加え死にいたらしめた場合、建物に放火した場合などがこれにあたる。第三者による債権侵害や営業活動の妨害といった加害行為の場合のように加害行為者に故意さらには害意がなければ不法行為が成立しない(過失では足りない)とされる場合があることに留意したい。

 つぎに、過失であるが、自分の行為により他人の権利ないし利益が損なわれるという結果の発生することを予見すべきであるのに不注意のためにその結果を予見しないで漫然とその行為をするという心理状態であるととらえられてきた。しかし、現在では、損害発生という結果を予見し、これを回避すべき注意=行為義務に違反すること(結果の予見可能性を前提とする結果回避義務違反)をもって過失とみるようになってきている。

 ところで、注意義務違反があったといえるかについては、当該具体的な加害行為者がその人としてもっている注意能力の程度が基準とされる(具体的過失)のではない。すなわち、その種類の行為をするについて、通常人・平均人にそのような状況のもとにおいてどの程度の注意をなすことが期待されるべきかによって、過失のある、なしが判断されることになるのである(抽象的過失)。そこで、当該行為者の能力が通常人より低くても通常人の能力からみて可能な注意を怠ったとみられれば過失があるとされる。なるほど通常人より能力の劣る加害行為者にとって自己の能力以上のことを要求され酷になるともみられうるが、社会生活において人は他人が通常人としての注意を払って行動してくれるものと期待して行動しており、その期待に反して通常人の能力からして可能な注意が払われなかったため被害者のもとに損害が生じている場合には責任を負わさせられてもやむをえないと考えられるからである。

 たとえば、治療行為にあたる医師は、人の生命および健康を管理するという業務に従事する者として、その業務の性質に照らし、危険防止のために実験上必要とされる(診療当時の臨床医学の実践における医療水準に即した)最善の注意義務が求められる。自動車を運転する者は、運転行為自体が損害発生の高度な蓋然性をもつから、道路交通法の定めるところに則ってきわめて高度な注意義務をもって運転することを求められる。

 ☆輸血梅毒事件−最高裁昭和36年2月16日判決民集15巻2号244頁

 

 なお、「失火ノ責任ニ関スル法律」(失火責任法)は、失火により他人に損害を与えた者は、重大な過失があった場合にかぎって責任を負うべきものとしている(故意による場合にも免責されないこというまでもないが、失火の場合について規定する本法とは無関係である)。ここにいう重大な過失とは、通常人に要求される程度の相当な注意をしないでも、わずかな注意さえすればたやすく違法有害な結果を予見することができた場合であるのに、漫然これを見過ごしたような、ほとんど故意に近い著しい注意欠如の状態をいう(抽象的重過失)。したがって、軽過失による失火の場合には、失火者は免責されることとされる。このようにみてくると、民法709条の定める過失は、厳密にいえば、抽象的軽過失ということになる。

(b)権利の侵害(権利侵害から違法性へ) 第2に、権利の侵害であるが、すでにみたように、民法709条は「権利ヲ侵害シタ」ことを不法行為の成立要件として規定している。そこで、初期の判例は、権利侵害をかなり厳格に理解していた。その代表的な例が、「雲右衛門レコード事件」である。著名な浪曲師桃中軒雲右衛門に吹き込ませた浪曲のレコードを製造販売している会社が、権限なく複製し売り出した者に対して著作権侵害を理由に損害賠償を求めたという事件につき、大審院は、浪曲は「瞬間創作」であってこれには著作権は成立しないから、レコードの無断複製販売に権利侵害があるとはいえず、したがって不法行為は成立しないとしたのであった。しかし、この結果はいかにも法感覚にあわず「権利侵害」という要件につき狭すぎるのではないかという疑問が投げかけられることとなり、その後大正の末になって、大審院も、「老舗」の利益に対する侵害が問題とされた「大学湯事件」において、不法行為が成立するためには、法律観念上その侵害に対して不法行為にもとづく救済を与える必要がある利益に対する法規違反の行為による侵害があればよいとして、考え方を改めたのであった。

 ☆大学湯事件−大審院大正14年11月28日判決民集4巻670頁

 学説においても、このような判例理論の展開を契機として、「権利侵害」要件を緩和し、不法行為法によって保護される利益を拡大する方向で違法性理論が説かれ、通説的な地位を占めるにいたっている。これによれば、権利の侵害は、違法な行為の代表的なもの(「違法性の徴表」)にすぎず、加害行為の違法性こそ権利侵害に代わるべき不法行為の成立要件であって、この違法性の存否は、被侵害利益の種類・性質さらには被害の程度と侵害行為の態様(従来は刑罰法規違反・取締法規違反・権利濫用を含む公序良俗違反に分類して説明されてきたが、近時社会生活上の義務違反も問題とされる)との相関関係的衡量により判断されるべきものである。すなわち、被侵害利益が強固なものであれば、侵害行為の不法性が小さくとも加害行為に違法性があることになるが、被侵害利益があまり強固なものでなければ侵害行為の不法性が大きくなければ違法性がないことになる。たとえば、所有権や人格権のように強い権利の侵害については原則としてそれだけで違法性があると認められるが、営業上の利益とか日照を享受しうる利益の侵害については加害行為者に害意とか取締法規違反・権利濫用がある場合にかぎって違法性が認められるというようにである。そして、権利の侵害に代えて違法性を成立要件とする立法例もみられるにいたった(国家賠償法1条参照)。さらに、最近の民法改正によって「権利または法律上保護する利益」の侵害がなされた場合に不法行為が問題となりうるものとされた。

 ここで、被侵害利益の種類・性質に即して違法な利益侵害の具体例をいくつかみておくことにしよう。まず、財産的利益のうち絶対権たる性質をもつ所有権、用益物権、漁業権・鉱業権、著作権など無体財産権の侵害は、原則としてそれだけで違法性があるとみられる。債権については、同一内容の債権が併存しうることおよび利益内容の実現は債務者の意思に基づく給付行為が媒介となることから、加害行為の態様を考慮にいれざるをえない。たとえば債権者でない者が債権の準占有者として弁済を受けたというような債権の帰属の侵害(場合)は、それだけで違法性があるとみることができる。しかし、債権の目的である給付の侵害の場合は、加害者が債務者に怪我をさせたために給付ができなくなったとき、加害者が物を滅失させたため債務者が引渡債務を履行できなくなったというようなときに、違法性が認められるためには加害者に故意が必要であるとみられる。さらに、雇われている人を引き抜くといった場合に違法性が認められるためには、害意あるいは公序良俗違反がなければならないといえよう。営業上の利益の侵害については、老舗の利益をめぐるいわゆる大学湯事件判決により不法行為上の保護が可能とされるにいたったが、利益内容の具体性のありよう、営業における自由競争の原則などからして、侵害行為が強迫によるなど悪性の強い場合にかぎって違法性を認めるべきものとされる。

 ついで、非財産的利益の侵害について不法行為の成立が認められることは民法710条に照らしても明らかである。生命・身体・健康に対する侵害が違法性を帯びることは問題がない。日照・通風妨害、騒音・振動・臭気などによる、快適で健康な生活に必要な生活利益の侵害については、被害の程度のほか、防止措置の内容、当該地域の状況、侵害行為の公共性などの諸要素の相関的な衡量によってその違法性が判断される(本章6参照)。監禁など肉体的自由を損なう行為が違法性ありとされることには問題がない。いわゆる村八分のような精神的自由を侵害する行為もそうである。人の品性・名声・信用などについて社会より得る評価や名誉感情(名誉権)、私生活をみだりに公開されないという利益(プライバシー権)、肖像を無断で作成されたり利用されたりしないという利益(肖像権)などの侵害についても違法性が認められうるが、知る権利、出版・表現の自由、犯罪捜査のうえでの必要性などとの関係で、その侵害が不法行為を成立させるかについては微妙な問題がある。

 ところで、加害行為によって被害者の利益侵害がなされたとしても、例外的に違法性がないとされる場合がある。たとえば、民法は、違法性が阻却される場合として、正当防衛と緊急避難の二つを規定している(720条)。正当防衛とは、他人の不法行為に対して自己または第三者を守ることであり、緊急避難とは、他人の物から生じた窮迫の危難を避けるためにその物を壊すことである。しかし、医師の手術についての患者の承諾など被害者の承諾がある場合、学校教員の生徒に対する懲戒行為・スポーツ事故のように正当業務行為による場合などについても、加害行為には違法性がないとされている。これらを違法性阻却事由というが、加害者はこの事由あることを立証して責任を免れることができるのである。

(c)加害行為と因果関係のある損害の発生  不法行為が成立するためには、第3に、加害行為によって損害が発生していることが必要とされる。英米における名目的損害賠償のような、損害が生じなくとも賠償が認められる制度は、わが国には存在しない。

 損害には、加害行為によって被害者のもとに生じた財産的・経済的な不利益状態と、被害者が感じた苦痛や不快感のごとく人の精神の安定が損なわれることとがある。前者は、経済的損害とよばれ、これはさらに治療費の出費、所有物の滅失など既存の財産の減少である積極的損害と、加害行為による後遺症により働けなくなったためそうでなければ得られたであろう収入が得られなくなるなどの消極的損害(逸失利益ともよばれる)とに分類される。これに対し、後者は、非財産的損害もしくは精神的損害とよばれ、これについての賠償金は、ふつう慰謝料とよばれている。

 なお、損害は、加害行為によって生じたものといえなければ、加害行為者に転嫁することはできない。すなわち、不法行為が成立するためには、加害行為と損害との間に事実的な因果関係がなければならないのである。この因果関係は、「あれなければ、これなし」ということができれば、あれとこれとの間には因果関係が存在し、これがいえなければ、因果関係は存在しないという定式(but for test)によって判断されることになるが、とりわけ、公害・製造物責任・医療過誤といった加害行為類型において争点となる。因果関係があることは、賠償を求める被害者側が立証しなければならない(つまり、裁判官が因果関係ありとの心証を形成するに足りるだけの証拠を出すことができなければ、因果関係は存在しないものと扱われてしまう)が、被害発生の過程が複雑である公害等の加害行為類型については、疫学的方法による立証・蓋然性説・間接反証の理論など、立証の困難をを軽減するためのさまざまな考え方が主張されている(詳しくは、本章6を参照)。

 ☆東大ルンバール事件−最高裁昭和50年10月24日判決民集29巻9号1417頁

(d)責任能力  不法行為が成立するためには、最後に、加害行為者が責任能力をもつことが必要であるとされる。責任能力とは、加害行為によってなんらかの法的責任が生ずることを認識できるだけの判断能力・精神能力をいう。

 民法は、このような責任能力を欠く者として、第1に、行為の責任を弁識するに足るべき知能を具えない未成年者をあげている(712条)。未成年者の責任能力の有無は、必ずしも年齢などを基準に画一的に決めることはできず、個人ごとに当該行為の種類・性質によって判断されることになるが、ほぼ12歳くらいが一応の基準とされているとみられる。

第2に、精神病者、知的障害ある者、薬物中毒者なども責任無能力者とされることがありうる。すなわち、精神上の障害により自己の行為の責任を弁識するに足るべき判断能力を欠如する状態で加害行為が行われた場合には、加害者は賠償責任を負わないものとされている(713条)。もっとも、故意または過失によって一時こうした状態を招いた場合は別である(同条但書き)。

 すなわち、加害行為者は、被害者側から不法行為責任を追求された場合には、加害行為の時に責任能力がなかったことを主張・立証することによって、責任を免れることができるのである。

 2)不法行為の効果 Text P.187-「不法行為の効果」》

 不法行為の被害者を救済する方法としては、@被害者の被った損害を金銭で評価して金銭によって損害の填補をさせる(金銭賠償)、A加害者の費用で不法行為がなかったならば存在していたであろう状態に復原させる(原状回復)、B不法行為が継続・反復している場合にこれを止めさせ、または損害の発生を防ぐために必要な措置をとらせること(差止請求)の三つが考えられる。わが法は、これらのうち、金銭賠償の方法を原則的な方法であるとしている(民法722条1項・417条)。

(a)金銭賠償  不法行為の要件が充たされる場合には、不法行為者(加害者)は、加害行為と事実的因果関係にたつ損害のうち、彼に賠償義務を負わせることが適当であると考えられる範囲のものについて、金銭による賠償義務を負担することとされる。事実としての因果関係は、「風が吹けば、桶屋がもうかる」式に際限なく連続し拡がってゆく可能性があるから、事実関係の連鎖に対して法的評価を加えて一定のしぼりをかけ、そのしぼられた範囲内にあるものについてだけ賠償義務を負わせるのが法政策的に妥当であると考えられるからである。

 たとえば、Aが、Bの運転する自動車にはねられ大怪我をし、Cの経営する病院にかつぎ込まれ治療を受けたところ、担当医師の過誤により死亡したというケースにおいて、自動車事故による負傷が通常死にいたるほどのものでなかった場合に、Aの遺族がBに対しAが死亡したことによる損害までも賠償させるのは酷に思われる。そこで、しぼりをかける基準として、判例そして従来の支配的な学説は、「相当因果関係」という概念を用いてきた。つまり、賠償範囲は、その種の不法行為によって通常生ずべき損害(通常損害)かどうかによって第1次的に決められ、特別事情による損害(特別損害)は不法行為者にとって予見可能性があった場合に限って賠償させるというのである(民法416条の類推適用)。この点につき、最近の学説では、民法416条にとらわれることなく、具体的事情に即し、不法行為制度の趣旨に照らして、加害者に賠償させることを相当とする損害を賠償の範囲とすべきであるとの考え方(保護範囲説)が有力に説かれている。

 具体的にいくつかの場合につきみておくこととしよう。まず、物に対する侵害による財産的損害についていえば、滅失の場合は、通常、不法行為の時点におけるその物の交換価値(時価)が賠償されるべき額である。毀損の場合は、一般に修理費用、修理期間中の使用収益不能による逸失利益もしくは代わりの物を借りたことにかかわる賃料額である。不法に占有を奪われ妨害された場合は、その物を他人に貸したときに得られるであろう賃料相当額である。

 同じく、生命・身体に対する侵害についていえば、まず、死亡の場合は、死亡するまでの病院治療費、葬儀に要する費用、そしてなによりも逸失利益である。この場合の逸失利益にかかる賠償額は、生きていれば得ることができたであろう年間収入に稼働可能年数を乗じて総収入推定額を出し、これから生活費相当額を減じて(損益相殺)、純収益額を算出する。そして、現実には一定時期ごとに長期にわたって取得されるはずの収入額を一時に払わせる(一時金賠償)のであるから、純収益額から中間利息が(ホフマン式もしくはライプニッツ式により計算されて)控除される。傷害の場合は、治療費、付添監護費、休業あるいは後遺症害による逸失利益が賠償されることとなる。全身麻痺という後遺症害が残った場合などにおいては、生命侵害の場合よりも多額の賠償が認められることもありうる。

 また、とりわけ生命・身体、名誉・信用など人格的権利・利益に対する侵害について問題とされる精神的損害については、性質上金銭で計算しえないのであるが、訴訟においては、被害の種類・程度、被害者の職業・地位・財産状態・年齢などの諸事情を考慮して、裁判官が裁量によってその額を判断すべきものとされている。とくに交通事故に基づく死亡や傷害の場合については、実務上、認める慰謝料額の基準化、定額化の傾向が見られる。なお、生命侵害ないしこれに準ずる重大な身体侵害の直接被害者の父母・配偶者など近親者は、加害者に対して固有の慰謝料請求権を認められることがありうる(民法711条)。

 ところで、このようにして決められる損害賠償額がそのまま最終的な損害賠償額となるとはかぎらない。すなわち、第1に、不法行為の被害者が不法行為によってなんらかの利益を得ている場合には、損害額からその利益額を控除した額が現実の賠償されるべき額となる。これを損益相殺というが、先にみた生命侵害の場合の生活費控除がその典型的な例である(なお、死亡した被害者の教育費、遺族が受け取った生命保険金などはここにいう利益として損益相殺されることはない)。

 第2に、損害の発生または拡大につき被害者(もしくは被害者側)に過失があったときは、裁判所は賠償額を決めるにあたってこれを斟酌することができるものとされている(同722条2項)。これを過失相殺という。たとえば、運転者Aが3、Bが7の落ち度によって起こった交差点における自動車どうしの衝突事故によってそれぞれに物損が生じた場合、Aに生じた損害についてBが賠償すべきはその10分の7であり、Bの被った損害についてAが負担すべきはその10分の3である。なお、最近、たとえば、交通事故被害者に素因があった場合、事故後自殺をしたといった場合につき、衡平の観点から過失相殺規定を類推適用するということがみられるので留意したい。

 このように決められる損害額につき、被害者は加害者に対して賠償請求権を取得することになるのであるが、不法行為に基づく損害賠償請求権は、一般の債権が10年の消滅時効にかかるとされている(民法167条)のとは異なり、被害者が加害者および損害の発生を知った時から3年の短期消滅時効、加害行為の時から20年の除斥期間にかかるものとされている(同724条)。

(b)原状回復・差止請求  まず、原状回復が認められる場合をみておくと、その典型は、名誉・信用を損なうという加害行為の場合である。たとえば、週刊誌が十分な調査もしないである人について真実でない記事を載せたというような場合、裁判所は、被害者の請求により、損害賠償に代えあるいは損害賠償とともに、名誉・信用を回復するに必要な処分・措置を命ずることができるものとされている(民法723条)。具体的には、新聞等によって謝罪広告や取消広告をすることが命じられるのである。

 つぎに、将来も加害行為が継続される可能性が強い場合についてであるが、この場合には過去に生じた損害の賠償のみでは十分な救済とはならない。所有権など物権に対する侵害の場合には物権的請求権(賃借権など占有をともなう債権の場合も含めて)・占有訴権が用いられるのでよい。しかし、名誉・プライバシーなどの侵害、騒音・振動・臭気などによる健康・生活環境の侵害の場合(この場合については本章6参照)などについても、継続的加害状態を除去し、あるいは侵害を予防するために差止請求を認める必要があるため、物権、人格権あるいは環境権の侵害に基づく妨害排除請求権ないし妨害予防請求権を認めるなど種々の法的構成が考えられているが、その一つとして、不法行為の効果として差止請求を認めていいのではないかという考え方が示されている。もっとも、これを認めるとしてどのような要件のもとで認められるべきかについてはいろいろと議論があり、とくに表現の自由、公共の利益との調整が問題となることも少なくない。

 

(3)民法が定める特殊な不法行為  Text P.191-「特殊な不法行為」》

 民法は、右にみた一般的な不法行為とは異なる要件・効果をもついくつかの不法行為を定めている。これらを、(特別法の定めるこうした不法行為も含め、)ふつう「特殊的な不法行為」とよぶが、そのうちのいくつかをここでみておくことにしたい。

 1)責任無能力者の監督義務者の責任  その第1は、責任無能力者を監督すべき義務ある者の責任である。すでにみたように、責任能力をもたない加害者は責任を負わない。これでは被害者の救済がはかられないことになるのであるが、こうした場合に、被害者には未成年者の親権者、成年被後見人の成年後見人、精神障害者の保護義務者など責任無能力者を監督すべき義務ある者、あるいは保母・小学校の教員など法律もしくは契約によって監督を委託された者に対して、損害賠償を求めることが認められている(民法714条)。これら責任無能力者の監督義務者・代理監督義務者は、責任無能力者の加害行為自体が責任能力を除き不法行為の成立要件を充たしており(これにつき立証責任は原則どおり被害者が負う)、自ら監督の義務を怠らなかったことを立証できない場合には(したがって、監督義務者の責任は中間的責任と位置づけられる)、責任を負わされることとなるのである(民法714条)。

 2)使用者の責任  ある事業を営むために他人(被用者)を使用しているもの(使用者)は、被用者がその事業の執行につき第三者になした不法行為につき賠償義務を負う(民法715条)。たとえば、運送会社Aに勤めるBが、会社のトラックを運転して荷物を配送中、居眠り運転でCの家の軒先に飛び込み大破させた場合、学校法人A’に勤める教諭B’が理科実験の授業において不適切な指導をしたために生徒の加熱していた試験管が爆発し生徒C’が失明したといった場合に、C、C’は、それぞれB、B’のみならず、これらの使用者であるA、A’に損害賠償を求めることができる。なお、使用者と被用者との間にあって使用者に代わって事業の監督をする者(代理監督者)も使用者と同様の責任を負う。

 使用者の責任が生ずるためには、被用者の加害行為が不法行為の成立要件を充たすことのほか、第1に、使用者と直接の加害者との間に他人を使用する関係があることが必要である(使用=被用関係があること)。この設例のように雇用契約関係がある場合が典型的であるが、必ずしも有償の契約関係でなくてよく、また永続的な関係でなくてもよいとされる。第2の要件は、被用者が事業の執行につき損害を与えたことである(事業執行関連性があること)。つまり、問題の加害行為が使用者の業務に含まれ、かつその事業の中で加害者の職務に含まれることである。この要件を充たしているかは、外形的ないし客観的に判断すべきものとされている。なお、これらの要件が充たされていても、使用者が、被用者の選任および事業の監督につき相当な注意をなしたこと、または相当な注意をしても損害を生じたであろうことを立証できた場合には、使用者責任を免れるものとされる(したがって使用者責任は、中間責任と位置づけられる)。

 こうして使用者責任が認められる場合には、被害者は民法709条によって加害者、715条によって(ふつう加害者よりも資力が大きい)使用者に対して損害賠償を求めることができることとなる。加害者の責任と使用者の責任とは不真正連帯の関係に立つものと解されている。使用者が被害者に損害賠償をした場合には、使用者は加害者たる被用者に求償できることとなっているが(民715条3項)、この求償権の行使は信義誠実の原則(同1条2項)によって制限されることがありうる。

 なお、民法715条の責任と類似する責任として、国家賠償法1条の責任がある。つまり、国または公共団体の公権力の行使にあたる公務員が、その職務を行うにつき、故意または過失によって違法に他人に損害を加えたときは、国または公共団体が賠償責任を負うものとされる。たとえば、警察のパトロールカーの起こした自動車事故、公立中学校における理科実験中の事故の場合を考えてみてほしい。しかし、免責規定がないこと、国または公共団体の求償権は当該公務員に故意または重過失があったときにかぎられること、被害者は軽過失のときには公務員自身に請求することはできないと解されていることなどの点で、民法715条の責任とは異なる。

 3)土地工作物責任  建物、塀、公園遊具、スキー場のゲレンデ、鉄道の踏切道の軌道施設さらには工場内に設置された機械・設備など、土地に接着して人工的につくりあげられたものすなわち土地工作物の設置または保存に瑕疵があり、そのために他人が損害を被る場合がある。設置・保存に瑕疵があるとは、その物が通常備えているべき、とくに安全性に関する性状や設備を欠いていることである。たとえば、飲食店の二階座敷の酔客の動作することがありうる床から35センチメートルほどしかない窓、支柱が腐朽してしまっている遊動円木、幼児の接近を防止し転落の危険を防止すべき設備をもたない溜池、見通しが悪く交通・列車回数が多く過去に数度に及ぶ事故のあったにもかかわらず警報機が設置されていない踏切軌道施設、バルブの締めつけにゆるみのあるガスボンベには、ここでいう瑕疵があるとされる。こうした瑕疵に基づいて被害者に損害が生じた場合、第1次的には工作物の占有者が、しかし占有者が損害の発生を防止するに必要な注意をしたことを立証して責任を免れる場合には、第2次的にその工作物の所有者が、賠償責任を負うものとされている(民法717条)。占有者に免責事由が認められている(占有者の責任は、中間的責任と位置づけられる)のとは異なり、所有者は免責事由をもたないから無過失責任を負っているといえる。しかし、不可抗力をもって抗弁とすることが認められることはありうるし、そもそも工作物に瑕疵がなければ責任が生ずることはないということには留意しなければならない。

 なお、土地工作物責任と類似する責任として、国家賠償法2条の責任がある。これは、道路、河川その他、公の営造物の設置または管理に瑕疵があり、そのために他人に損害が生じたときは、国・公共団体はその賠償をすべき義務を負うというものである。公の営造物の方が土地の工作物より範囲が広いこと、民法717条但書に対応する免責規定がここには存在しないことにおいて土地工作物責任とは異なっている。

 

(4)経営者の民事責任

 

 

 

(5)企業・経営者の刑事責任

 

 

 


(6)補論1 自動車事故責任  Text P.193「自動車運行供用者責任」》

 1)問題状況  自動車事故は、戦後の急速な経済復興、モ−タリゼ−ションの展開とともに急増し、昭和45年には交通事故死亡者数1万6千人余、負傷者数98万1千人余とピ−クに達し、その後一時減少傾向を示したものの再び増加傾向に転じ、ここのところ、死亡者数は1万人を、負傷者数は80万人を超える状態が続いている。交通事故による損害については、それが運転者に過失に基づくものであれば被害者は民法709条・同715条によって、運転者あるいはその使用者に対し損害賠償を求めることができる。しかし、これだけではとくに人身事故被害者の救済にとって十分でないと考えられ、はやくも昭和30年に自動車損害賠償保障法(自賠法)が制定された。自賠法は、人身損害を不可避的にもたらす危険性を帯びている自動車を保有し利用する者に厳格な責任(自動車運行供用者責任)を負わせ、損害賠償義務の履行の確保の手段として強制責任保険制度(自動車損害賠償責任保険)を導入することとしたのである。

 2)運行供用者責任の内容 すなわち、自賠法は、自己のために自動車を運行の用に供する者は、その運行によって他人の生命又は身体を害したときには、これによって生じた損害を賠償する責任を負うものとしている。この責任を免れることができるのは、@自己及び運転者が自動車の運行に関し注意を怠らなかったこと、A被害者又は運転者以外の第三者に故意又は過失があったこと、B自動車に構造上の欠陥又は機能の障害がなかったことの3点すべてを自ら証明できた場合に限られるのであり、こうした証明はなかなか認められないから、自動車運行供用者は、無過失責任といってよいほどの厳しい責任を負わされているのである(自賠法3条。なお、同一事故によって生じた物的損害については専ら民法によって扱われる)。

 損害賠償義務を負うのは、自己のために自動車を運行の用に供する者である。判例は、運行供用者であるかどうかを、自動車の運行に支配を及ぼしているか(運行支配)、自動車の運行から利益を挙げているか(運行利益)の2つの基準によって判断している。所有者など自動車を正当な権限に基づいて使用する者は、ふつう運行供用者である。下請運送業者所有の貨物自動車を運転手付きで借り上げ定期路線の貨物運送にあたらせていた元請運送業者はこの自動車の運行供用者である。自動車修理業者が修理のために預かった自動車についてその被用者が無断で運転して事故を起こしたという場合、修理業者が運行供用者とされることがある。未成年の子の個人的使用に供されている車であっても父親が購入資金、維持管理費用を負担しているような場合には父親が運行供用者である。泥棒運転された自動車についてはふつう泥棒運転者が運行供用者であるが、保有者が鍵をはずさないで路上に放置していたところ盗られたというような場合には盗まれた者が運行供用者としての責任を負うべきものとされた例もある。

 自動車運行供用者責任が生ずるためには、まず、人身損害が自動車の運行によるものでなくてはならない(運行起因性)。運行には車両に構造上設備されている固有の装置を目的にしたがって操作使用することも含まれるのであって、道路上の走行に限られない。また、人身損害は、運行供用者および運転者を除く「他人」に生じたものでなければならない(他人性)。この点で、夫の運転する自動車に同乗中の妻も「他人」であるとされた裁判例は、注目される。

 自賠法は、右にみた責任成立要件以外については民法の規定を適用するとするから(自賠法4条)、死傷による損害賠償の範囲、過失相殺の有無などについては、不法行為の一般則による。

 なお、死傷事故を起こしたのが他人のために自動車の運転またはその補助をする者(自賠法上の「運転者」)である場合に、運転者は民法709条に基づき責任を負うことがありうる。もっとも、この運転者の賠償責任も自賠法の強制保険によってカバーされることに留意したい。

 3)自賠責保険制度  自賠法は、損害賠償請求権を確実にするために、自動車損害賠償責任保険(もしくは責任共済)の契約を結んでいるものでなければ運行の用に供してはならないとしている(強制保険の導入−自賠法5条以下・54条の2以下)。また、政府は、自動車の保有者が明かでないため被害者が自賠法3条による損害賠償をすることができないときは、被害者の請求により、政令の定める限度においてであるが、損害を填補することとしている(政府の自動車損害賠償保障事業−自賠法71条以下)。

 

(7)補論2 製造物責任  Text P.193「製造物責任」》

 1)問題状況  ブレーキ装置の欠陥による自動車事故で大怪我をする、テレビなど家庭電気製品が発火し火災が発生する、食品に混入した有害な物質によりあるいは医薬品の副作用により健康被害が生ずるといったように、私たちが日常的に消費・使用している製品に安全性に欠ける欠陥があり、これによって生命・身体・財産に大きな被害が生ずるということが深刻な問題と意識されて久しい。こうした場合には、製品の製造・流通・販売の過程に関与した者、とりわけ製造者に責任を負わせて、製品の安全性を信頼して消費・使用して被害を被った者(とりわけ消費者被害者)の救済をはかるべきではないかと考えられる。

 製品事故の被害の救済のためには、まず債務不履行責任、瑕疵担保責任、品質保証責任など契約に基づく責任が考えられる。債務不履行責任の場合でいえば、被害者は債務者の履行が不完全であった(製品に欠陥が存在する)こと、それによって損害が生じていることを証明すれば、その賠償を求めることができる。債務者の過失を証明する必要はない。しかし、被害者と相手方との間に契約関係がなければならないから、製品を製造し流通に置いた製造者に責任を負わせることに理論的な困難がある。製品を購入した者の家族が製品の欠陥により被った損害につき契約責任を主張する場合も同様である。また、一般不法行為による場合には、被害者は契約関係のない相手方に対しても賠償請求することができるが、欠陥が生じたことにつき製造者に過失があったことを主張・証明しなければならないという問題がある。消費者である被害者にとって、製品の設計から流通に置くまでの過程において、製造者にこれこれの注意義務の懈怠があったということを証明することはきわめて難しいのである。なるほどこれまでの裁判例では過失を抽象化・高度化しあるいは過失を事実上推定するなどして被害者の救済が図られてきたのではあるが(スモン薬害訴訟、テレビ発火事件訴訟など)、法理論的にもまた被害者救済の観点から実際的にもこれでは十分でないとして立法の必要が強く意識され、昭和40年代後半から、外国における判例・立法動向も参考にして、種々の検討・立法提案がなされてきたところ、平成6年にようやく「製造物責任法」が成立し、平成7年7月1日から施行されている。

 2)製造物責任法に基づく責任  製造物責任法により、責任を負うことのありうる者(責任主体)は、製造業者等であるとされる。すなわち、製造物を業として製造・加工・輸入した者(製造業者)、他人が製造・加工・輸入した物に自ら製造業者であると氏名等の表示をした者または製造業者と誤認させるような表示をした者、製造・加工・輸入または販売にかかる形態などからみて製造物の実質的な製造業者と認めることのできる氏名等の表示をした者である(製造物責任法2条3項・3条)。したがって、販売業者など流通に関わる業者は、契約責任・一般不法行為責任を負うことがありえても、本法の責任を負うことはない。

 この法律は、「製造物」に「欠陥」がありそれによって損害が生じた場合に責任(製造物責任)が生ずるものとしている(同法3条)。責任の対象は製造物であり、製造または加工された動産と定義されている(同法2条1項)。動産であるから、電気等のエネルギー、コンピュータのソフトウェア、医療など物の販売を伴わないサービス(役務)は、製造物にはあたらない。不動産も製造物とはいえないが、建物に組み込まれた動産は製造物に含まれる。動産であっても、製造・加工されたといえない物は、本法にいう製造物ではない。この点につき、農林水産物にどれほど手が加えられたら加工されたといえるかなど判断の難しい場合がある。また欠陥については、当該製造物が通常有すべき安全性を欠いていることと定義されている(同法2条2項)。その判断にあたっては、当該製造物の特性、その通常予見される使用形態、その製造業者等が当該製造物を引き渡した時期その他の事情を考慮するものと定められている。欠陥の種類として、一般に、設計上の欠陥、製造上の欠陥、指示・警告上の欠陥などが挙げられる。こうして、被害者は、製造業者などの故意過失ではなく、製造物に欠陥があること(そして右欠陥と因果関係にたつ損害が発生したこと)を証明することによって、損害賠償を求めうることとなったのである(過失責任の原則の変更)。

 なお、製造物責任法は、製造物の欠陥によって損害が生じた場合においても、製造業者等は次のいずれかの事由を証明することによって責任を免れうるものとしている。免責事由の第一は、引き渡した時における科学または技術に関する知見によっては欠陥があることを認識することができなかったことであって、開発危険の抗弁とよばれる。第二は、当該製造物が他の製造物の部品または原材料として使用された場合において、その欠陥がもっぱら他の製造物(完成品)の製造業者が行った設計に関する指示に従ったことにより生じ、かつその欠陥が生じたことにつき過失がない(指示に従う場合に事故の製造物に欠陥が生じる結果になることを認識できなかった)ことであって、部品製造業者の抗弁とよばれる。この場合に、免責抗弁として、さらに過失相殺の抗弁など不法行為の一般原則が問題となることはいうまでもない(同法6条)。

 損害賠償されるべき範囲については、なんら特別の基準が定められていないから、従来の一般原則によるといってよい(同法6条)。すなわち、製造物の欠陥と相当因果関係にたつ損害を賠償すべきこととなる。もっとも、損害が欠陥製造物自体についてのみ生じたときには、製造物責任は生じないとされていることに留意しなければならない。製造物の欠陥に因り人の生命・身体または他の財産に損害(拡大損害とよばれる)が生じた場合に、欠陥製造物自体の損害があればそれも含めて製造物責任が問題となるのである。外国に例のみられるいわゆる懲罰的損害賠償は認められておらず、物的損害の賠償に関する免責額も設定されていない。

 製造物責任については、被害者またはその法定代理人が損害および損害賠償義務者を知った時から3年の消滅時効、製造者が当該製造物を引き渡した時から10年の除斥期間にかかるものとされている(同法5条1項)。

 

(8)補論3 生活妨害・公害の責任

 1)問題状況  今日、近隣の音響、振動、粉塵、煤煙、臭気、日照・通風妨害、電波妨害などによって、個人の健康で快適な生活環境が損なわれるということは少なくない。とりわけ、産業が発達しさらには生産力の飛躍的拡大・重化学工業化などが展開するなかで、事業活動にともなう大気汚染、水質汚濁、騒音、振動などによって、かなり広範囲の人々の健康、快適な生活、財産に甚大な被害を与えることが起こってくる。かようなことは、足尾銅山鉱毒事件、別子銅山煙害事件などのようにすでに明治期からあったのではあるが、昭和30年あたりから高度経済成長が進むなかで事態は深刻さを増してゆき、公害とよばれて大きな社会的問題となってきた。そして昭和40年代半ばに入ると、イタイイタイ病・新潟水俣病・熊本水俣病・四日市ぜんそく訴訟をはじめとする公害訴訟が提起されるにいたった。こうしたことを契機に、健康、生活環境上の被害を被った被害者の私法的救済にかかわる法理論が展開し、また公害健康被害補償法などの行政上の救済、さらには被害予防のための各種行政的規制がなされていったのである(公害法さらには環境法制の展開)。ここでは、公害の私法的救済につき、特徴的な点をいくつかみておくこととしたい。

 2)損害賠償による救済  事業活動にともなう大気汚染、水質汚濁、騒音、振動などによって健康または生活環境を害された被害者は、まず、不法行為、とりわけ民法709条、に基づいて、公害発生源である右の事業活動をおこなう者(株式会社など法人であることが一般的である)に対して損害賠償を求めることができる(なお、公害が公権力の行使ととらえることのできる原因行為に基づく場合、公の営造物の設置管理の瑕疵に基づく場合には、国家賠償法1条・2条により、国または公共団体が賠償責任を負うことがある)。しかし、不法行為の成立要件をめぐって、考えなければならない固有の問題点がいくつかある。

 第一は、違法性の点である。まず、公害の被侵害利益について、財産権や営業といったものの侵害もありうるが、なんといってもその中心にあるのは健康・生活利益などの人格的利益である。なお、これを、「環境権」(良き環境を享受しかつこれを支配しうる権利)という概念をもって把握しようとする理論的な動きもあるが、判例上定着するにいたってはいない。ついで、利益侵害があれば直ちに違法と評価してよいかについても問題がある。人は共同生活をしておりお互いが影響しあっているのであるから、他人によって快適な生活利益を享受できるという利益が損なわれたとしても、一定の限度を超えない限り各人はそれを忍ぶことが期待される(なお、人格的利益の中心をなす生命・身体侵害の場合は別に考えるべきである)。つまり、生活妨害が社会生活上受忍すべき限度を超えた場合に、かような利益侵害に違法性があるとみることになる。受忍限度を超えているかの判断においては、被侵害利益の性質、侵害行為の態様、関連する行政法上の規制の有無、地域の性格、当該行為と被害者の居住との先後関係、侵害行為の継続性の有無などの要素が総合勘案されることになる(最判昭和56年12月16日民集35巻10号1369頁ー大阪国際空港事件判決参照)。

 つぎは、過失要件についてである。まず、過失の意義について、判例は、予見可能性を前提とする結果回避義務(善良なる管理者の注意をもってすれば予見可能な結果の発生を防止すべき相当なもしくは最善の設備・措置を施すべき義務)の違反と考えてきたといってよいのであるが(大判大正5年12月22日民録22輯2474頁ー大阪アルカリ事件など)、とくに人の生命・身体の侵害のおそれがある場合については、相当な防止措置の水準を高く認定するということを通して、過失の厳格化がはかられているといえよう。たとえば、熊本水俣病事件判決は、科学工場が廃水を工場外に放流するにあたっては、常に最高の知識と技術を用いて廃水中に危険物質混入の有無および動植物や人体に対する影響の如何につき調査研究を尽くしてその安全を確認するとともに、万一有害であることが判明し、あるいはまたその安全性に疑念を生じた場合には、直ちに操業を中止するなどして必要最大限の防止措置を講じ、とくに地域住民の生命・健康に対する危害を未然に防止すべき高度の注意義務を有する、と判示している(熊本地判昭和48年3月20日判時696号73頁)。ついで、過失の立証責任については、原則として被害者側がこれを負うものとされており、被害者が救済を受けるにつきかなりの負担となるのであるが、この点で、(すでに述べたことではあるが)大気汚染防止法、水質汚濁防止法が無過失責任の考え方を導入していることは注目にあたいする。すなわち、工場または事業場における事業活動にともなう、健康被害物質の大気中への排出・有害物質の汚水または廃液に含まれた状態での排出または地下への浸透により、人の生命または身体を害したときは、当該排出等にかかる事業者は、これによって生じた損害を賠償する責任があるとしているのである。もっとも、損害の発生に関して天災その他の不可抗力が競合したときは裁判所は損害賠償の責任および額を定めるについてこれを斟酌することができるものとされてはいる(大気25条・25条の3、水質19条・20条の2。これらとならんで、原子力損害の賠償に関する法律3条、油濁損害賠償保障法3条なども参照)。

 原因行為と健康・生活利益の侵害という損害との因果関係の存在という点にも問題がある。不法行為責任が成立するためには、被害者がこの因果関係が存在することを立証しなければならないのであるが、公害の場合にこれを文字通りに適用すると被害者に過大な負担を強いることになり妥当でない。なぜなら、この場合においては、原因行為とその結果である侵害との間に時間的・空間的隔たりが大きく、また侵害は医学的・科学的・自然的な因果メカニズムによりもたらされるために、原因行為と侵害との間に一目瞭然な因果系列があることは少なく、原因行為から侵害にいたる経路(たとえば、原因物質の生成→排出→汚染経路→被害者の体内での作用→発症)を辿ることは必ずしも容易ではない(被害発生機序の複雑性・解明困難性)、企業の秘密保持の要請などのため企業から直接的証拠資料を得ることが著しく困難である、一般的に被害者はこれを分析・証明する専門的知識・資力に欠ける、加害者と被害者との間に立場の互換性がない(加害者は事業者であり、被害者は地域住民であって、互いが加害者になったり被害者になったりするということは考えられない)といった事情があるからである。そこで、責任成立要件としての因果関係の立証困難を緩和するために、かなりの程度の蓋然性を示す証明で十分であるとする説(蓋然性説)、因果関係の連鎖を構成する事実(間接事実)のうちいくつかが証明されたそれらから経験則上因果関係の存在が推知できる場合には他は推定され、加害者側が因果関係の不存在を推定せしめる事実を証明しない限り因果関係は肯定されるとする説(間接反証説)などが主張されあるいは用いられている。たとえば、判決例には、工場廃液による有機水銀中毒事件において、化学公害事件においては、被害者に対し自然科学的な解明までを求めることは衡平の見地からして相当でなく、因果関係論上問題となる@被害者疾患の特性とその原因物質、A原因物質が被害者に到達する経路、については、その状況証拠の積み重ねにより、関係諸科学との関連においても矛盾なく説明ができれば(疫学的証明)、法的因果関係の面ではその証明があったものと解すべきであり、右程度の@Aの立証がなされて汚染源の追求がいわば企業の門前にまで到達した場合、B加害企業における原因物質の排出については、むしろ企業側において、自己の工場が汚染源になりえないゆえんを証明しない限り、その存在を事実上推認され、その結果すべての法的因果関係が立証されたと解すべきである、と判示するものがある(新潟地判昭和46年9月29日下民集22巻9・10号別冊1頁)

 最後に、公害につき原因者が複数存在する場合についてみておこう。複数の企業が河川に廃液を放流したこと、コンビナートで複数企業が大気中に排煙を出したことによって地域住民の生命・身体が害されたという場合に、損害賠償をめぐりどのような特別な問題があるのであろうか。たとえば、コンビナートの近隣に居住する住民が、これを形成する工場群中6社(このうち3社には強い結合関係がある)の排出する硫黄酸化物を含む煤煙によって呼吸器疾患に罹患したという場合を考えてみる。このような場合に、一般則によれば、被害者は、各事業者に対して、それぞれの有害物質排出行為と現実に因果関係をもつ損害に限って、あるいは全損害に対する各事業者の寄与割合に応じて分割的に、損害賠償を求めることができるにとどまるかにみえる。しかし、民法719条1項は、数人が共同の不法行為によって他人に損害を加えたとき(いわゆる、狭義の共同不法行為)は各自連帯にて賠償する責任を負うものと規定している。これによれば、被害者は、共同行為と損害との間に因果関係があり、各行為に関連共同性が認められれば、各行為と損害との間に因果関係が認められない場合であっても、各行為者に対して、順次にあるいは同時に、損害全額に達するまで任意の額につき賠償するよう求めることができることになる(この規定については、各人の行為が民法709条の要件を備えている必要があるか、各行為に共同関係があることが必要とされるが各行為者の間に主観的な共同が存在しなければならないのかそれとも客観的にみて共同していれば足りるのかなどについて争いがあるがここではこれ以上立ち入らない)。右のごとき事案を扱った津地方裁判所四日市支部は、狭義の共同不法行為においては、各人の行為が不法行為の要件を備えていなければならず、各人の行為と結果発生の間に因果関係のあることが必要であるが、当該行為のみで結果発生の可能性があったことを要せず、また、共同行為(社会通念上全体として一個と評価できる程度の一体性があれば足りる)によって結果が発生したことを立証すれば各人の行為と損害との間の因果関係が推定される(各人の行為と損害との間に因果関係が存在しないことを証明しなければ責任を免れない)。それだけでは結果を発生させないないが他の原因行為と相合してはじめて結果を発生させたと認められる場合において責任が成立するためには他の行為の存在およびこれと合して結果を発生させるであろうことを予見しまたは予見しえたことを要する。ただし、右3社(このうちの2社の煤煙排出量は少量であってそれのみでは結果の発生との間に因果関係があるとは認められない)のように、一貫した製造技術工程を分担し、設備・装置・原材料や製品の交流があり、他社との関連を考えないでは行いえないほど機能的技術的経済的な結合関係を有し、資本的な関連も認められる場合には、「強い関連共同性」があるものとして、因果関係の認められない2社も、他の1社の煤煙の排出との関係で、結果に対する責任を免れない(これに対し、「弱い関連共同性」しかない場合には、各人の行為と損害との間の因果関係が推定されるにとどまる。なお、本判決に後続する下級審判決では、さらに、こうした場合には719条1項後段が適用され、結果発生について各人が寄与した限度についての立証を許し、立証できた者には減責・免責が認められると考えているー大阪地判平成3年3月29日判時1383号22頁など)、という考え方を示して、結論的に、6社各社が被害者に対して損害全額の賠償責任を負うべきものとした(同支判昭和47年7月24日判時672号30頁)。なお、共同不法行為者の間では、内部的なこととして、損害発生についての寄与度にしたがった分担、求償が問題となる。

(3)差止請求による救済  生活妨害・公害という不法行為類型においては、加害行為が将来も継続される高い可能性がある(継続的不法行為)ことがふつうである。この場合には過去に生じた損害の賠償のみでは十分な救済とはならない。これに加えて、継続的加害状態を除去し、あるいは侵害を予防するために差止請求を認める必要があるのである。しかし、民法不法行為規定にはこれに関する定めが全く存在しない。そこで、まずどういう法律構成で差止めを認めるかであるが、これには原因行為によってなんらかの絶対権ないし排他的支配権が損なわれたとして差止めを認めようとする説(詳しくは、煤煙・騒音などの侵入を被害者の物権に対する侵害とみて物権的請求権として差止めを認める説、生命・身体への侵害を人格権侵害とみて人格権に基づく差止めを認める説、良き環境を享受しかつこれを支配しうる権利としての環境権の侵害がなされたものとしてこれを基礎とする差止めを認める説に分かれる)と、不法行為の効果として差止めを認めようとする説がある。生命・身体などが害された場合には人格権に基づき、日照・通風妨害や会話妨害など生活利益が害された場合には不法行為の効果として、差止めを認めるという、二元的な法律構成も有力に説かれている。ついで、どれほどの侵害があるときに差止めを認めるかであるが、生命・身体・健康などが害された場合には被害の程度・侵害行為の態様を問わず認められるが、日照や騒音など社会的に忍受すべき限度のあるものについては被害の程度・地域性・行政的規制基準・防止装置設備の難易度・加害行為の公共性・環境アセスメントの実施などの手続的正当性などを総合して判断すると説くもの、これらの区別をすることなく様々な要素を総合的に考慮し受忍限度を超えているかどうかで判断すべきとするものとの間に対立がある。ここには、損害賠償の場合以上に、被害者保護の必要性と加害者の行為(当該事業活動)の自由(さらにはその公共性・公益性)とをどう調整するかという難しい問題がある。

 

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